九州橋頭堡8



「下手な鉄砲でもとにかく撃て!」


 泥棒田 コウモリマンの葬儀が一段落しマイトガイ大佐は部下に命じて
片っ端から九州北部にある各軍施設に連絡をかけた。
まだ電話局は無事、通信網も損傷は少ない。
盗聴の危険性もあったが暗号表を入れた金庫の鍵が
前任者のコウモリマンと共に無残な最期を迎えていたのでこうする他無い。
贅を尽くしただけあって頑丈な金庫の破壊には手間取りそうである。

 周囲の各部隊に伝令を出し、対岸(下関)側にも暗号表の件を伝えるべく連絡員を派遣した。
だが電話による連絡の結果を受けて大佐は頭を抱えた。
音信不通どころか宣戦布告してくる者も多かったのだ。

 「村友 雄二 三等保安正(少佐)が捉まりました」
部下が送話器を覆って大佐に伝える。
「でかした!」
大佐は電話を変わった。
「村友三保正(さんほせい)!君の部隊はまだ戦えるか?」
「暴徒の襲撃は受けましたが撃退しました、まだまだ戦えます」
三保正の回答を聞いて大佐は安堵した。
今までこのような返事はなかったのだ。
「板付の空軍部隊は?」
「飛行場が使い物にならないので佐賀へ向けて退却しました」
現在、三保正は福岡基地に居る。

 彼の部隊は地区警務隊だ。
米軍で言うところのMPである。
「他の部隊は?」
「指揮官から保査(兵)まで部隊丸ごと失踪したり
休暇が終わったのにまだ戻って来ないのが多数です」
三保正の返事に大佐はやはりと言う顔をした。

「付近の残存部隊を掻き集めて大隊戦闘団規模にはなりました」
士気が低い者はさっさと逃げ出しただろうから残っているのは気合のあるヤツとスパイぐらいである。
「『幽霊館』まで来れるか?」
「もちろん暴徒相手に負けませんよ」
三保正の言葉を聞いて大佐は希望が見えてきたように感じた。
頭数なら確かに少ない、だがこのような状況でも寝返らなかった事を考えれば
雑軍未満の連中が相手ならそう簡単には負けはしない。


 その後一時間ひたすら各部隊に電話をかけ続けた。
「大佐!外道川軍のパン屋 親 少将から電話が」
「なんだと!今すぐ行く」
少将は熊本戦にて援軍をつれて南下するも篭城に間に合わず熊本城は陥落。
敗走した諸隊を収容しようとするも反って混乱状態の諸隊が防御線を突破してしまい
そこに追撃中の真・日本国軍が殺到すると言う惨事に見舞われ行方不明になっていたのだ。
「少将、無事ですか?!」
大佐は息を切らしながら電話口に立つ。
「ああ、なんとか諸隊を纏め上げなおすのに成功した」
ここにも希望は在った。

 「現在どこに?」
「小郡(おごおり)だ。柳川の自警団が頑張っているおかげで何とか収容できた」
少将の回答に少し驚いた。
自警団が役に立つなどと彼には予想できなかったからだ。
「『幽霊館』まで戻れますか?」
「愚問だ!」
少将の回答は明確であった。

 「まだ打開策は在る!味方の増援が来るまで持ちこたえさせるのだ!」
マイトガイは米陸軍輸送科の大佐である。
前線勤務は殆ど無く実戦経験が乏しい。
だが、米軍の強みの一端である補給を司る部署であり
その事務能力の高さを買われて小倉一帯の補給廠の管理を任されたのだ。
「兵の動かし方はさっぱりかもしれん……だが人の動かし方は心得ている」
虚勢が無かった訳ではないのだろうが、自分に言い聞かせるように大佐は明言し矢継ぎ早に命令を出す。


 手元に居る各部隊の指揮官を呼び会議を行った結果
手始めに各部隊による小倉市一帯の武装勢力の掃討し三保正と少将の部隊が合流するまで持久。
合流後は増援の米・外道川軍到着まで鉄道・道路などのインフラ類の修復。
増援到着を持って県内の武装勢力を撃滅、余勢を駆って県外の猫舌派を海に追い落とす。
 内容は単純だが実際にやるのは難しい。
まず一段目の市内の武装勢力からだ。
幸い小倉市内には米軍の拠点が多く充分に各部隊へ統制が達している。
大型機の離着陸は無理だが曽根飛行場も損害は少ない。
手勢に命じ市内各地の武装勢力を虱潰しにして行く。

 翌日、市内の掃討を完了。
更にパン屋少将の斥候が幽霊館に到着し主力は翌日に到着すると言う。
「あともう少しで状況はマシになる」
手勢の指揮官達の顔も明るくなってきた。
大佐には気がかりな点が一つあった、村友三保正の隊の行方が知れないと言う事だ。

 外道川軍と保安隊は基本的に仲が悪い。
そもそも外道川軍は外道川首相の私兵である。
亡命した外道川 犯左衛門を中心に組まれた武装勢力で
戦時中に連合軍に投降した将兵を無理やり戦力化したものだ。
占領地民の軟化の為にダウンフォール作戦時に投入もした。

 戦争が終わりマッカーサー元帥は日本の全戦力解体を目論む。
ところが外道川首相が自軍の解体に首を縦に振らず
首相個人の「治安部隊」と言う曖昧な立ち位地にすることで収拾を図る事になる。
まともなのも大勢居たが悪目立ちするのは問題を起こす連中ばかり。
朝鮮戦争も始まり首相個人の権限で動かせる私設治安部隊は宛にできず
米側が暗に働きかけて「政府」が権限を持つ「警察予備隊」を発足させる事になった。
「国民・国家」に重きを置く警察予備隊と「外道川 犯左衛門」個人に重きを置く
私設の治安部隊では当然衝突も多くなり「保安隊」と「外道川軍」に改称されてもやはり続いた。
予算・装備が私設軍に比重を置いたのも保安隊の一部離反の原因だと東京の総司令部は判断している。
 一抹の不安を感じながらも大佐は睡眠をとった。


 翌朝、パン屋少将の外道川軍主力が到着。
夕方には村友三保正の保安隊も小倉市内に入った。
これをもって作戦第一段を完了し第二段に移る事になる。

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