九州橋頭堡38
「幽霊館炎上」

 今町に真・日本国の日田口軍が突入したとの連絡に小倉の司令部は来るものが来た言う雰囲気であった。
「まだ車両も火砲も弾薬ですらまだ大量に残っているのに……」
輸送担当のスタッフの言葉を積み出しの終わっていない物資のリストの束が裏書している。
「ならば輸送が終わるまで残存兵力で時間を稼ぐのは?」
小倉には後送待ちの兵力があるのでそれを当てれば可能である。
「それだと友軍の後送が間に合いません」
鉄道管理が突き付けた運行図表は既に増発できる隙間が残っていないと物語る。
今も小倉へ向けて退却中の部隊が大量にいるのだ、今いる部隊を最小限に減らさないと受け入れる土地すら足りなくなる。
「……ネコジタの目的は物資ではないのでは?」
司令部スタッフ達が口角泡飛ばすなか一人参謀が疑問を投じた。
確かに猫舌の好む戦い方は慎重的なものだと言う情報がある。
日田口軍の進軍速度は速いが軽装備な部隊が多く、こちらがその気になれば撃退可能なレベルだ。
重装備の中津口軍はパン屋少将が北上を阻止しているので当分来ない。
兵力がある福岡口軍はゲリラの比率が高く正規軍が遠賀川を越え追撃しているがこちらの組織的な遅滞戦闘がが上手く行ってるので速度は遅い。

「日田口軍支隊、下曽根に侵攻!」
伝令が続報を告げる。
下曽根はパン屋少将が最終防衛線として設定した朽網より北へ約5kmの場所だ。
たとえ貧弱であっても門司と京築地方の交通遮断した事になる。
日田口軍の動きは慎重な猫舌にしては拙速すぎる。
「物資不足は確かだが、焦れば全てを失いかねない動きか」

各地の諜報員の報告は真・日本国軍は占領地の復興で物資の消耗が激しく余裕が無いと言う。
猫舌は『私は諸君を世界で最も豊かな地へ連れていく、名誉・食料・富を得るだろう』と
ナポレオンの如くラジオで言って居た、豊かな地……恐らく贅を尽くしたこの幽霊館の事だ。
その貧相な軍隊はすぐそこまでやって来ている。
「敵の主目的は物資ではなく兵力だとしたら……」
日田口軍で拘束しながら福岡口軍や中津口軍が合流するまで時を稼ぐ、それがもう一つの可能性。
米・外道川軍が九州から撤退しつつあるのは民間人ですらわかる状況だ。
現に市街地では大混乱が起きて町から逃げ出す市民が道を塞ぎ輸送効率は更に落ちている。

「真・日本国軍が市街地に突入してきたら幽霊館に火を放ち物資を燃やしましょう」
別の参謀が言う、敵に物資を渡さない為の常識的な行動である。
「いや、あえて残して撤退する」
「何を?撤退命令を受けて狂ったのですか!」
マイトガイ大佐の言葉に皆、狼狽えた。
「過去の事例から飢えた軍隊が補給拠点を押さえれば真っ先にやるのは食料の確保だ。
彼らが腹を満たすまで進軍は止まる」
大佐は更に続けた。
「我々(米・外道川軍)に必要なのは人だ、物資など敵にくれてやればいい。
我が国の国力なら物資の補給は少し待てば届く、だが損じた兵が届くのはより時間が掛かる」
司令部スタッフは沈黙した。
米国では長期化する朝鮮戦争で厭戦気分が広まりだんだんと国民は兵の損害にシビアになっている。
日本での戦いも長期化した場合、増援が来るまでの時間はより長くなるだろう。
もしネコジタの目的が戦力なら九州で我が軍にダメージを与えられればより動きやすくなるだろう。
「……明日に勝利を繋ぐための撤退だ、それが私の受けた命令だ」
大佐の決断に皆、腹を決めて最善策を取るべく動き出した。


 「ここを抜かれたら後は無いぞ!」
今町に幽霊館防衛の為に展開している米軍は徹底抗戦の構えである、無理もない今町から更に北へ3km向かえば幽霊館のある小倉城跡地だ。
紫川と言う川を挟んだ対岸では撤退を続ける友軍部隊が通過していく。
今町から高津尾の間にあった各陣地を撃破されたもしくは破棄した部隊が次から次へと退却していく。
そこからやや南の在日米軍小倉基地一帯では友軍の殿と真・日本国軍の先鋒の戦闘が続き、士官用住宅地から煙が上っている。
小倉から関門海峡トンネルを経由して下関へ出るにしろ味方水上部隊がピストン輸送して山口県へ上陸するにしろ
幽霊館一帯の防御陣地が突破されれば撤退そのものが失敗する。
司令部が引き払うまでの間、ありとあらゆる手段で真・日本国軍を足止めしなければならないのだ。

「来たぞ……『タイプスリー・ライト(ケリ)』より大きいな『ナインシックス・ミディアム(チニ)』か」
建物に隠れた偵察員が道路を横切る戦車を確認した。
前もって周囲の建物の大きさを測り大雑把な目安として使えるように暗記していた。
真・日本国軍の『チニ』は車体銃を廃止してそこに操縦席を設け、開いた元操縦席の真上まで二人用砲塔が載っているのが特徴で
『ナインファイブ・ライト(ハゴウ)』の部品を流用している事もあり『ケリ』と似たようなデザインで見分けるには砲塔と車体のバランスや足回り部品の数で比較するしかない。
しかもこのチニは『タイプゼロHMC(試製一式ホイ)』の砲塔を載せた火力支援型だ。
「よし、気付かれる前に動くぞ」
偵察部隊は各地で小倉へ向う敵軍の情報を上げ続けた。

「クソッ、連中の戦車は随分厚着じゃないか」
歩兵部隊はバズーカや無反動砲で攻撃するが金網やら増加装甲やらで固めた戦車相手ではなかなか撃破できず
M2.50で徹甲弾を浴びせようとすれば随伴歩兵に対応されてしまい有利な射点に配置できない。
市街地や家屋を利用した火点中心では対戦車砲が持ち込めずに苦戦していた。
そもそも米軍自身は対戦車砲を廃止してしまい韓国軍や外道川軍向けに渡す予定だった物を急遽持ち出す始末。
そういった経緯もあり効果的な運用とは程遠かった。
もっとも真・日本国軍の大半の装甲車両は50口径の徹甲弾でも致命打になりかねないものなので今まで問題にならなかったのである。
一進一退が続き即座には決着がつきそうになかった。

翌日も戦闘が続くが異変は起きた、彼らの背後で爆発音が響く。
「おい、幽霊館の方で火災が起きているぞ!」
黒煙が立ち上る方角は確かに小倉城跡地近辺である。

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