九州橋頭堡37

「芦屋浦の戦い」


 矢矧川防衛線では汐入川以西から撤退を続ける友軍が通過していく。
また米軍部隊が渡河していく。
この部隊は多々良川で孤立しゲリラを複数撃破しながら撤退して来たと言う猛者達だ。
パーシングがポンツーン橋を注意深く渡る。
背後の芦屋基地から複数の重低音が響く。
「……上空で編隊を組んでいる、朝鮮半島へ行くのか」
ここのところ輸送機が中心で人員や貨物を運んでいたが大方整理がついたのだろうか。
「そこのメジャー、部下を退避させろ。吹き飛ばされるぞ」
米指揮官はそう言うと自分の部隊へ指示を飛ばす、米軍部隊は車列を止めて装甲車両の下へ慌てて入っていく。
「……! 各隊、頑丈な遮蔽物の下へ退避。急げ!」
村友は事を察すると伝令を走らせ通信機に怒鳴った。
直後に基地から敵陣を耕すから頑丈な物の下へ隠れろと命令が来た。

数分も経たないうちに上空はB29の編隊で埋め尽くされ投下された爆弾の金切り音が響く。
雷のような激しい爆発音と土砂が巻き上がり掩体の隙間から砂煙が吹き込む。
矢矧川以西の汐入川までの一帯が絨毯爆撃が実行された。
「空軍の連中、積めるだけ積んでばら撒きやがって……ここはサン=ローじゃねえぞ」
米指揮官は煤まみれになりながらパーシングの下から這い出す。
駆け寄ってきた部下の報告を聞き爆撃の損害からこれ以上の戦闘は無理だと判断せざるおえなかった。
爆弾の直撃で炎上している装甲車両も多く足元には不発だった子爆弾が突き刺さっている。
皆、生存者の救出と負傷者の救護で各自動いていた。
「おい、ここの指揮官はどこだ?」
米軍人は保安隊の隊員に村友三等保安正の居場所を尋ねると彼は近くのテントを指さした。

「ポンツーン橋も戦車を載せられる物は全滅です、お国の空軍は味方の識別が出来てないんですか!」
三等保安正は椅子に座って怒鳴った。
「それだけの元気があれば上等だ」
コーヒーを受け取り地図を見た、ふと視線を三保正に移すと爆撃前まで存在していた彼の左足が膝下からなかった。
「同情ならいりません、それより火器と弾薬類をください。撤退の時間を稼いで見せます」
「その根性気に入ったがそれは許してもらえなさそうだぞ」
伝令が持ってきた通信文には退却命令が書かれている。
「火器はやれん、だが特等席ならくれてやる」
そう言って彼は三保正をダッフルバッグを担ぐように肩に載せてテントの外へ出た。
周囲が驚くなか彼は三保正を偵察車両の座席に投げ入れた。
「員数外の車両だ、好きに使え」
米機甲部隊指揮官はそう言って自分の部隊へ戻って行った。
それはM5スチュアートから砲塔を取り外した現地改造の車両だ、外道川軍が戦場に遺棄した物を修理したのだろう。
「撤退の準備が完了しました、米機甲部隊から『ケツは守ってやるから最短コースで行け』との事」
伝令が三保正に伝える。
「芦屋基地を経由しないで直接、遠賀川の橋へ向かえ最短コースだ」
スチュアート改造指揮車から部隊へ指示を出し彼らは出発した。
道中、地元ゲリラの襲撃を度々受けたがそれを蹴散らし遠賀川に到達、橋を渡り無事に味方勢力圏へ撤退した。

この日、芦屋基地は真・日本国軍に制圧されたが既にもぬけの殻であった。
矢矧川沿いに実行された絨毯爆撃は真・日本国軍を震旦させたが、川沿いの防衛線への被害が大きく
各地上部隊から猛抗議を浴びたが芦屋基地から撤退した直後で戦線の立て直しが優先されたので不問とされた。


 一方、京築方面でも遂に真・日本国軍の攻撃が始まり県境の山国川渡河が始まった。
予定通り戦闘は対砲兵戦から川沿いの縦深陣地へと下がっていく。
パン屋 親 少将の予想より敵の進軍速度は遅く彼我の出血量も少ない。
こちらの後退が間に合う反面、深追いしてこないので敵の攻勢を怯ませる程の損害を与えられない。
遅滞戦闘としては上手く行っているが敵は明らかに余力を残している。
「南からの攻撃は陽動では?」
パン屋少将の司令部では真・日本国軍の真意を見極めるべく情報を集めていた。

確かに京築の米・外道川軍は他の戦線に比べ突出している。
瀬戸内海沿いの港が使える限り補給は心配しなくていいが山一つ越えれば真・日本国軍の占領地が広がっており、
大分県北西部(日田)から北上している部隊は築城から西の田川も既に押さえているので山越えが可能な輸送力があるなら侵攻は可能だ。
だがそれを行わないという事は輸送力が足りないか目的が違うかだ。

小倉司令部へ向けて進む真・日本国軍を識別する為に大分県北西部から攻めあがって来た敵を日田口軍と仮称。
福岡方面から東進して来た敵は福岡口軍、彼らが今対峙している山国川を渡河した敵は中津口軍と言った具合だ。

「味方筑豊部隊、高津尾に展開した敵日田口軍に対して砲撃を開始」
伝令が報告を上げて来た。
真・日本国軍が居る高津尾から北へ3~4kmのところにある長尾に陣を敷いた米・外道川軍は山砲や迫撃砲による砲撃を開始。
敵側も同種の火砲で反撃、戦闘は膠着するが長尾から東へ数kmの志井駅に敵増援が到着、挟撃を恐れ退却。
更に潜伏していた地元ゲリラや敵遊撃部隊の襲撃が頻発、周辺の味方も各個撃破を恐れ退却して来た友軍を収容して更に北の今町方面へ撤退。
それを敵日田口軍は追撃、小倉城跡地まで数kmの場所まで迫っていた。


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