九州橋頭堡36
「持久戦略」

 数日が過ぎたものの補給はあるが増援が来ない。
それもこれも四国の地底人攻撃のせいで中国地方まで輸送した九州向け増援をそちらに転用されてしまったからだ。
瀬戸内海にばら撒いた対岩石艇機雷の効果もあって四国北部に上陸作戦を実施できたぐらい地底人の水上兵力は減った。
だが四国北部の急速な展開にこちら向けの部隊、装備まで持っていかれたのは素直に喜べない。
上陸支援部隊を集中させたかいもあって四国南部からの反撃も上手く行っているようで包囲は時間の問題だと連絡があった。
「あと数か月、現有兵力で耐えれば……」
マイトガイ大佐は歯を食いしばり持久戦を模索していた。
「総司令部からです」
東京の総司令部から連絡将校が書類を持参して来た、良い連絡なら良いのだが。
大佐は書類に目を通すなりその場で項垂れた。
司令部スタッフも書類を一瞥し言葉を失った。

『撤退』

命令書にはその指示だけが載っていた。
連絡将校が言うには朝鮮半島へ増派する為に日本に展開している部隊を朝鮮に回して予備隊が足りなくなったから
四国に比べて配置が集中している九州から撤退させて予備戦力に充てるとの事。
「……こんなバカな事があって……!!」
人前で狼狽えないように振舞う者ですらこの内容に激怒した。
必死に攻勢を凌いでいるのに増援を削られるどころか撤退しろと言うのだ。

「採銅所のネコジタ派の動きが分かりました」
伝令が駆けながら航空写真を持ってきた。
福岡や大分からも報告が上がって来る。
「……優先順位は兵員からだ」
「大人しく命令を呑むのですか」
マイトガイ大佐の言葉に参謀が噛みつくが他の司令部スタッフが腕を掴み首を横に振る。
「京築の部隊は四国から来る輸送船で撤退だ、船団が来るまで粘れ。
遠賀の部隊は海岸沿いに退却しろ、支援部隊が来る。
ネコジタとトーキョーのHQに我々の意地を見せてやれ」
遠賀とは小倉と福岡の間にある土地で福岡方面から攻めるならここを通らなければいけない。
水上部隊の手筈は命令書に書いてある、ならば一兵でも多く温存する為に下がるまでだ。


 芦屋線を始め各路線をフル稼働させ戦線は急速に縮小されていく。
殿の部隊は遅滞戦闘を続け友軍の回収を急いでいた。
「地元のゲリラは移動の邪魔を続け主力が追いつくまで時間を稼ぐか」
村友 雄二 三等保安正(少佐)は追撃を仕掛ける真・日本国軍主力を気にしながら戦っていた。
今まで遭遇した猫舌派はほとんどが地元のゲリラだ。
特に真・日本国正規軍と違ってインフラだろうとなりふり構わず攻撃してくるから質が悪い。

飛行場も港も人員や装備の積み込みで大わらわである。
そこから1kmぐらい西へ目を移せば最終防衛ラインの矢矧川だ。
川沿いには渡河を阻止すべく村友部隊が展開している。
更に西へ2km行った汐入川の防衛ラインは突破され孤立した友軍が各個撃破されていると言う。
「敵戦車部隊を確認!猫舌派の正規軍です」
後方に展開した特科部隊の支援砲撃が始まるが、それに呼応するように敵砲兵の対砲兵射撃が浴びせられる。

撤退中の友軍を追撃して来たのはカヴェナンターだ。
トラックに乗った友軍部隊より速度は遅いが不整地でも突破できるので面倒だ。
複数のポンツーン橋へ殺到するトラック、荒田を駆け最短距離で橋へ突進する敵戦車。
「まだだ……まだだ……撃て!」
十分に引き付けられた目標に対して37mm対戦車砲が火を噴く。
37mmとしては重量級の対戦車砲から放たれた徹甲弾はカヴェナンターを正面から貫いた。
瞬く間に5両を撃破し敵部隊は深追いと判断し退却していく。
乗員が地元のゲリラに援護されながら撃破された車両から脱出して行った。

 一方京築地方のパン屋 親 少将はどこまで下がるか悩んでいた。
築城の米軍飛行場より南に防衛線を構築すれば確かにギリギリまで輸送と航空支援が受けられる。
だが付近の港は殆ど漁港であり撤退時に時間が掛かり過ぎる。
おまけに真・日本国軍の拠点がある採銅所は築城基地より北で彼らが山を越えられれば回り込まれてしまう。
採銅所より南の香春や田川からでも鉄道網を駆使すれば迂回はそこまで難しくはない。
そして致命的なのが防衛線構築に最適な土地が少なく県境から近すぎる。
県境は確かに縦深陣地があるがここを突破されれば後は幾つかの河川と平地の幅が短い地域が一つだけ。

逆にこれより北なら苅田などの港湾が利用可能であり、最悪門司方面が無事ならそこまで陸路撤退も視野に入る。
だが築城の米軍を納得させねばならない。
問題点は少ないが難易度が高い。
臨時総司令官のマイトガイ大佐に言って貰い説得するしかない。
偵察機が持ち帰った写真を見ても県境の反対側では渡河用の装備と重砲・弾薬などの集積量が増えている。
退却するタイミングを間違えれば大損害を受けかねない。

翌日も撤退そのものは上手く行っている。
採銅所の真・日本国軍は北進を開始、金辺峠を突破し呼野まで進出したがまだ予想の範囲内だ。
米軍も築城基地の放棄を呑んでくれたので最終防衛線を苅田の北にある朽網(くさみ)に設定。
県境の縦深陣地で時間を稼ぎながら第二・第三の防衛線を強化し遅滞戦闘を継続し、苅田を始めとする港湾を使い築城の物資を退避させる。
後は敵の進軍速度次第だが防衛線を畳み苅田港から各部隊を脱出させて殿が最終防衛線を破棄した後は小倉・門司方面へ撤退する。
計画は問題ない、後はいかにして損害を抑えるかだ。


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