九州橋頭堡33
「突進か死か」

 巨大鉄像が破壊されてから三日目、防衛線各所では士気の低下が顕著になってきた。
約束された増援は空手形に終わり手持ちで何とかする他ない。
疲労の溜まった部隊と後続部隊を交換し少しでも回復に努めるがそこへ容赦なく三度目の攻撃が始まった。
「クソッ、このままだと押し潰されるぞ!」
参謀は地図を睨み固く結ばれた拳が震える。

巨大鉄像が破壊された直後から各地の真・日本国軍は行動を開始してスーパー・イラン帝国軍を切り取っていくかのように見えた。
だが大教祖が健在である限り彼らは敗北を認めず、予想を遥かに上回る激しい反撃を行い侵攻を停滞させ、
各地で兵力不足が発生し総司令部は戦力の割り振りを考え直す状況に陥っていた。
その皺寄せが西九州軍にも達していた。

行きは補充人員に弾薬輸送、帰りは負傷者の後送と民間人の避難、輜重部隊も限界に近づいてきていた。
このままでは防衛線は増援が来るまで持ちそうにない。

「……死中に活を見出すのか自暴自棄な突進か……」
風呂戸中将は各隊指揮官達を集めどうするか考えた末に出た結論がこれだ。
敵主力を浸透して敵将の首級を上げる。
「陣地相手の浸透ではなく野戦部隊に対する浸透など無茶苦茶だ」
確かにその通りである。

島原半島のスーパー・イラン帝国諸派は神代(こうじろ)村に本拠地を構えている。
防衛線からそこまで10kmを超える距離だ、それを激しい砲撃の中突破しなければならない。
敵重砲は着弾痕から155mm級が主力、把握できたのは神代村付近のものだけだ。
こちらの重砲は十糎加農が主力で射程はM1榴弾砲相手ならなんとかなるが残っている弾薬が発煙弾ばかりだ。
そうなると打てる手はあまり多くない。

偵察部隊が先行して強固な敵部隊はだいたい割り出しているが問題はこちら側の兵力が少なすぎる。
西九州軍が地元の勢力を合わせて1万に対して敵の諸派連合は3万は下らないと思われる。
航空部隊や水上部隊の補助戦力ならこちらが上だがそこまで含めてもやはり劣勢である。
仮に神代村付近まで近づければ佐賀沖の水上部隊の支援も期待できる。
どちらにしろ明日は持たないならば今やるしかないのだ。

 日が傾き始めると諸派は撤退を開始した。
真・日本国軍側の夜襲を警戒して付近の宿営地まで下がるのだろう。
島原城の一角から風呂戸中将は双眼鏡を覗きながら右手を振り下ろす。
「撃て!」
同時に参謀が怒鳴り射撃命令が出た。
防衛線後方の噴進砲部隊から一斉に煙が上り、それに気が付いた諸派は散開し始めた。
着弾と当時に防衛線各所から挺進部隊が突進を開始する。

「送り狼か、それぐらい予想し……?!」
前線の諸派指揮官は違和感に気が付いた。
ロケット弾による攻撃直後にまっすぐに自部隊を攻撃せずに敵は迂回していくのだ。
「ヤツらは何を考えているんだ?!司令部に連絡しろ」
諸派司令部では前佐賀県知事を中心に各派の長たちが地図を睨む。
「自棄になって突進か」
「勝ったな」
兵力差でこちらが圧倒しているうえに防衛線の利を捨てての攻撃、まったく負ける気がしない。
「突進部隊は囮か」
「ならば敵の目的は?」
敵軍の意図を読むべくああでもないこうでもないと議論というより雑談と化していた。
「防衛線から民間人が減っていると言う情報がある」
「ならば撤退までの時間稼ぎか?」
「解せぬ、時間稼ぎなら防衛線を使えばまだ数日は粘れるはずだ」
両軍共に彼我の状況を見誤り事態は混迷していく。
「どちらにしろ守兵の減った防衛線を抜くなら今かと」
「ふむ、総攻撃は再開だ。敵突進部隊は各隊が漸減し気を見て覆滅する」
一人の長が意見を述べ前県知事は決断した。
「異議無し!」
各派の長たちも同意しそれぞれ指示を出した。

野戦重砲連隊の十糎加農が敵野戦重砲に対して発煙弾による目潰射撃を実行する。
無論、敵砲兵も反撃するが逆に彼らは突撃支援に発煙弾を使い過ぎたので榴弾が中心になる。
砲弾の容積が少ない十加でも手数で殴り倒す手なら使える。
更に西九州軍直轄の航空隊が支援爆撃を開始。
小型輸送機の扉から発煙弾を投下すると言う乱暴な方法だが順調に
爆弾を載せた台車がレールの上を滑り台車ごと機外へ飛び出していった。

大量の発煙弾は一時的に敵重砲を沈黙させ、各挺進部隊の移動を助けた。
混戦が続く中、太陽は地平線に沈み地上を煌々と火器の灯りが照らす。


 満月に近い明るい夜、無線機が普段より騒々しい。
各地の猫舌派が攻撃を行っているようだ。
島原諸派の司令部では各地の敵味方の電信や電話の電波が舞い込み現状の分析を試みていた。
照明弾が頻繁に打ち上げられその強烈な閃光は星々の光を遮る。

防衛線では機関銃や迫撃砲の撃ち合いが激しく隙を見て突入を図った部隊が十字砲火を浴び退却していく。
「何だと!やる気があるのか?」
諸派司令部から来た参謀が攻城部隊の前線指揮官をなじる。
「ふざけるな!こっちだって死傷者が大勢出ているんだぞ」
指揮官は参謀の胸倉を掴んだ。
「その為に兵を貴様に預けたのだろう、兵の問題でないのなら貴様の問題だ」
参謀は煽るように言い放つ。
「クソがッ!」
激怒した指揮官は参謀を叩きつけるように放し壁に立て掛けた小銃を持った。
「これから全軍突撃を実行する、予備隊もだ!衛生兵以外全員だ!」
その言葉に前線司令部スタッフは面食らった。

「なに?!攻城部隊が全軍突撃だと?総攻撃ではなくて突撃か?」
諸派司令部では通信兵や伝令が引っ切り無しに駆け回る。
「あいつは何をやっているんだ?!」
あいつとは状況把握の為に攻城部隊に遣いに出した参謀だ。
攻城部隊所属の輜重隊などの各支援部隊から確認の連絡が飛び込み続ける。
「攻城部隊司令部には私がつくまで動くなと伝えろ」
混沌とした状況に県知事は痺れを切らして席を立った。


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