九州橋頭堡30

「春雷、野を駆け峠を越え」

 六田

 「いよいよ、おっぱじまったか」
外道川兵が夜にも関わらず煌々と照らされる北東の空を見上げた。
「よし、擬装を解け小倉へ戻るぞ!」
埴針の言葉に各隊の指揮官達は無言で頷いた。

久留米を発った真・日本国軍(南進部隊)は筑後川を渡り豆津・江見とスーパー・イラン帝国諸派を撃破しながら進んでいた。
目標は寒水川陣地西側、陣地東側に兵を集中させた相手の背後から奇襲である。
寒水川東岸(北進部隊)の落下傘部隊が降下したと連絡が入ったので急がねばならない、残り数キロでも油断は禁物である。

寒水川決戦が佳境に差し掛かった頃、南進部隊では異変が起きた。
「スーパー・イラン帝国兵らしき部隊に攻撃を受く!」
前進中の部隊から連絡が入る、南西から攻めあがる第十一旅団は遭遇した敵をスーパー・イラン帝国兵だと思っていた。
だが相手は埴針指揮下の米・外道川軍であり真・日本国軍の包囲を突破すべく攻撃を始めていたのだ。

「火力で押せ!決戦に間に合わないぞ!」
焦る真・日本国側に対して相手はそれ以上の火力で反撃してきた。
「装備に気合が入っているな……保安隊か外道川軍からの転向者の部隊か?」
手強い反撃に対抗手段を練っていると直協機隊が照明弾を敵の頭上に放つ、そこにはM7プリーストやM37 105mm自走榴弾砲が現れた。
「これだけの装備、統制のとれた運用……行方不明だった佐賀の外道川軍だ!」
この事は即座に上位の司令部へ連絡された。


 「山田中佐、増援を連れて第十一旅団へ行ってくれ。必要なら水上重砲隊を使っても構わん」
前線司令部に詰めていた山田陸海軍兼帯中佐は将官の最後の一言に敵軍は余程面倒な相手だと理解した。
「命令書です、動かせる部隊はこの表、あと各隊の弾薬量、その他もろもろ」
司令部幕僚から必要な書類押し付けるように渡し早く行くように促した。

埴針隊の猛攻撃で真・日本国側は押されている、損害の累積が酷くなり士気が低下し始めていた。
「撤退だ」
その一言に安堵の溜息を漏らす者もいた、第十一旅団は将校も多数死傷しいつ瓦解してもおかしくない程に損害を出していた。
「殿はこの朝倉 尚が承る、諸君は先に渡られよ」
亡命佐賀人部隊を率いる武人肌が言う、他隊の指揮官は一礼すると撤退に移った。

重門橋が往復し第十一旅団は筑後川を渡河撤退していく。
「奴らが渡たりきる前に川へ叩き込め!」
追撃を仕掛ける米・外道川軍はシャーマンやチャーフィーを並べ撤退を待つ主力が残る渡河地点へ向けて突進する。

一瞬の光の直後、前進中のチャーフィーが撃破された。
「馬鹿め!ここは佐賀ぞ、我らの庭なり!」
県境(筑後川)を背に亡命佐賀人部隊は突破を図る埴針隊を物陰から襲撃する。
「降りろ!降りろ!」
ハーフトラックや装甲車に乗車していた歩兵は飛び出すように降りていく。
だがそれより早くハーフトラックが爆発した。
炎上するハーフトラックに照らされた歩兵に対して隠蔽されていた機関銃の射撃が兵を撫でまわし損害を増やしていく。
「撃て!」
自走砲部隊が火点らしき場所を砲撃するが既に蛻の殻だ。
佐賀兵はちょっとした高低差を利用した即席の火点から一方的に射撃を浴びせると即座に他へ移る。

自走対空砲が激しい弾幕で直協機を遠ざけさせる。
更に手隙の自走対空砲が敵歩兵が潜んでいそうな場所を探るように射撃した。

「少佐、さすがに対戦車火器10門ではできる事に限界が……」
頭上を掠める50口径の弾幕に首を竦めながら佐賀兵が言う。
「そろそろ限界か」
亡命佐賀隊の朝倉少佐は時計を一瞥し稼いだ時間を確かめる。
バズーカ・無反動砲・対戦車砲合わせて10門、あと使えそうなのは手榴弾や小銃擲弾ぐらいしかない。
その10の対戦車火器も損傷・兵員の死傷・弾切れで一つ一つ沈黙していく。
「陽動としては十分、我等も退くか」
傍らの兵達も無言で頷いた。

警戒しつつ壕を出ると高台に自走対空砲が居た、他を射撃しているのでこちらには気が付いてはいない。
自走対空砲の近くで爆発が起きその直後に砲声が聞こえた。
「まずいな、戻るぞ!」
少佐は壕に戻るように指示した、敵自走砲も慌てて撤収しようとしている。
壕に滑り込むと同時に激しい爆発音と地響きが続く。


山田中佐の増援部隊は対岸から外道川兵へ砲撃を浴びせた。
渡河撤退を続ける第十一旅団主力を収容しながらも山田隊の砲撃が繰り返される。
直協機隊や観測機隊が照明弾を投下し残敵を探す。
撤退してきた殿部隊の指揮官を見ながら
「おおかた殿で時間を稼いだのは朝倉少佐だとは思っていたけど……」
手持ちの弾薬を殆ど使い切って状態で合流した亡命佐賀隊の健闘を称えた。

真・日本国軍は埴針隊の捕捉を目論むが失敗し次に所在を突き止めたのは彼らが三瀬峠を突破し福岡方面へ撤退した後だった。
埴針隊の三瀬峠へ電撃的な機動、それはまさしく「稲妻」の二つ名を持つ彼の伝説の始まりだった。


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