九州橋頭堡28
「寒水川決戦」


 頭上を真・日本国軍の白菊が飛び去って行く。
スーパー・イラン帝国兵が壕から出ると周囲にビラが撒かれていた。
「朝から晩までご丁寧にビラ撒きとはせいが出ますな」
ビラを拾ったイラン兵は眉を顰め皮肉を飛び去る白菊へ投げかける。
内容は短く『ネコジタと対話せよ』と黒地の紙にこれでもかと強調するように黄色の文字で書かれていた。
相変わらず陣地の外からは六貫坊と名乗る老僧が投降するように言い続けている。

「愚かな……大教祖大帝王様も将軍達も健在なのだ投降するわけ無いだろう」
その部隊の指揮官が兵からビラを取り上げ、他の者にもビラを集めるように指示して陣地内を掃除する。
彼らが寒水川陣地に籠ってから三日目、未だに士気旺盛で反撃の余地はまだあった。

各隊が夕食の支度を始めていた。
「向こうから燃料を投下してくれるんだからまったくおめでたい連中だ」
燃料とは先程、拾ったビラだ、昨日も一昨日も食事の支度を邪魔するように三食前に「爆撃」してきた。
ビラを導燃材代わりに窯に組みマッチを投じ竈の炎は大きくなる中さらに薪を投じていく。

夕食の支度が進む中、陣地各所で爆発音が響く。
「何が起きた?」
周囲を警戒しながら指揮官が尋ねた、
「複数の竈が爆発しました」
「複数でか……あのビラに何か薬品でも塗ってあったのか」
原因を推測していると複数のエンジン音が頭上を駆け抜け直後に砲撃が始まった。


 「撃てッ!」
寒水川陣地に向けて砲撃が開始された。
真・日本国軍の連隊砲や十二糎迫撃砲が火を噴き敵火点を砕いていった。
零式輸送機から忍者部隊が降下を始め、闇夜にパラシュートの花が次々と咲く。

 「あれは猫舌派の輸送機?ん……パラシュートか、まずい地上部隊の進路確保のために部隊を降ろしやがった!」
月夜に砲撃の間を縫うように敵機は落下傘部隊を降下させ始めた。
地図で見れば落下傘部隊と敵主力の攻撃軸は一直線に並んでいる。
「急げ!ヤツらに橋を渡すな」
スーパー・イラン帝国軍は主力を真・日本国軍の攻撃軸の前に立て叩き潰そうとしていた。
だが彼らは致命的な勘違いをしていた、落下傘部隊の目標は橋などの要所ではなく彼らの崇める大教祖の首だったのだから。

攻勢に出る真・日本国軍に対して激しい反撃が続く、斜面に陣取ったスーパー・イラン帝国側が瞰射を繰り返し浴びせた。
地形を生かした両翼包囲を受けた真・日本国軍側は砲撃や航空支援で対抗するが損害は一向に減らない。
旅団長である野津陸軍少将は時計を見つめ腹を決め、予備兵力である亡命佐賀人の清鑑党中島隊まで投入を決断する。

中島隊の面々はチハ車のエンジンデッキに攀じ登り手近な把手を掴み発進に備えた。
「いいか、客人は敵陣に近づいたら降りるから間違えて轢くな」
通信機から高木中隊長の指示が飛び中隊の僚車から返事が返される。
「筬(おさ)了解」
自分も応答し命令に備えた。


 「なんだこれは?!」
落下地点にたどり着くとそこには大量のパラシュートと人形が転がっていた、囮である。
人形は服装こそ真・日本国軍の服を着ているがよく見ると所々から藁が飛び出している。
「馬鹿にしやがって!」
「止めろ!」
士官の制止を無視してスーパー・イラン帝国兵が腹立ち紛れに着剣小銃で人形を突き刺す。

遠方で爆発音が響く。
「む、気付かれたか」
忍者部隊の指揮官は前線よりやや手前で赤々と燃えさかり黒煙が上がるのを確認した。

零式輸送機隊は忍者部隊を降下させそのまま帰投中に囮を敵前で降ろした。
つまり忍者部隊は野津旅団に近い寒水川陣地東側ではなく反対側の陣地西側に降下していたのだ。
先遣隊として潜入していた隊員が地上から降下地点を合図したおかげで無事に集合する事ができた。

月齢は満月に近く先に見つけた方が生き残る状況で互いに目を凝らし敵を探す。
敵歩哨を見つけるや否や素早く駆け寄り、敵が声を上げる暇も与えずに倒していく。

 「なんだと!あのパラシュートは囮か」
爆発から逃れた伝令が諸将に伝える。
「だとすると本命は西側からの攻撃か!」
陣地東側に戦力を集中させているので今、西側から攻め込まれれば一溜りもない。
「スパイや監視からの報告では迂回した部隊はいないと……」
だが敵は大規模な迂回攻撃を仕掛けるそぶり見せない。
「まず東側の敵を叩き潰し地下本堂へ戻り再起に賭けましょう」
長江清見将軍は再び撤退を提案する。
「否、敵兵力は僅か。東側の敵を撃破しそのまま敵本陣を急襲しあの反救世主を討ち取りましょうぞ!」
佐東将軍も相変わらず強気である。

保安隊の目達原駐屯地を占拠していたので当分の補給には事欠かない。
幸運な事に付近の敵はそこまで数は多くない、ゆえに真・日本国軍主力を撃破できれば日和見や動揺している組織も積極的にこちらにつく。
「どちらにしろまずは正面の敵を叩き潰す、予備も投入して構わん!」
大教祖大帝王の命令が飛びスーパー・イラン帝国軍は反撃すべく動き出した。

 圧倒的な劣勢状態でも野津少将は自ら正面に立ち兵を鼓舞する。
「敵の包囲を貫け!それができればあとは各個撃破だけだ」
野津旅団は最強固地点である敵中央目掛け攻勢を続ける、将校は信号拳銃を頭上に向け弾丸を放つ。
「敵陣を抜くぞ、第二十戦車中隊、前へ!」
熊のような大男が怒鳴り、暖気運転を終えてい6輌の九七式中戦車が一斉に動き出した。
敵陣から機関銃の激しい射撃を受けるものの複列横隊を形成しながら中隊は目標へ距離を詰めていく。
車内では大雨の如く装甲を叩き続けられただでさえ話し声が聞こえないのにここまで五月蝿いと頭が痛くなる。
だがそれも次第に収まってきた、味方の射爆撃が敵火点を沈黙させていったのだろう。
「第一小隊は味方歩兵を超越後に敵陣を蹂躙、第二小隊はそのまま超越を続けろ」
高木中隊長の声が通信機越しに響く。
覘視孔から見ると第一小隊は敵陣に突入し跨乗歩兵がグリースガンを手に飛び降りた。
第二小隊は味方歩兵を轢かぬよう指示しながら更に奥へ進む。

 「次、2時に機関銃座!」
視界に入った火点を片っ端から吹き飛ばしていく。
「戦車長、降りるから支援してくれ!」
エンジングリル上の客人がウォーキートーキーで怒鳴る。
「了解した、第二小隊は周囲を警戒しつつ蹂躙!」
筬戦車長が速度を落とすように指示すると即座に客人たちはグリースガンを手に物陰へ転がり込む。
敵兵の放ったバズーカが側面を通り過ぎていき場所が露見した敵兵を車体銃が撃ち倒した。
第二小隊と跨乗していた中島隊が抉じ開けた戦線の穴を味方歩兵部隊が追いつき周囲を掃討していく。

 「敵戦車に中央を突破されただと?!」
スーパー・イラン帝国首脳は最強固点を突破されたと言う現実を告げられた。
「ええい、無反動砲とバズーカをありったけ予備部隊に持たせろ!」
苛立つ首脳を再び衝撃が襲う。
「目達原に敵兵が!」
「クソッ、やはり陽動か!」
対戦車火器は既に各隊に持たせた分しかない、そうこうするうちに銃声や爆発音が近づく。
「せめて大帝王様だけでも脱出を!」
佐東将軍は腕の立つものを集めて八貫の護衛を命じた。
「我らは御身の為に時間を稼ぎます」
長江将軍の言葉に佐東は頷いた。
「必ずや再起を果たす!決して忘れはせぬぞ」
黄金の剣を手に八貫は司令部を出た。

「御命頂戴!」
忍者のように顔を覆った集団が八貫を襲撃する。
「大帝王様をお守りするのだ!」
護衛が応戦し激しい戦いが起きる。
物陰に隠れた八貫へ容赦なく手榴弾が投げ込まれる、だが護衛が自ら盾となり爆風から八貫を守った。
護衛達は獅子奮迅するも櫛の歯が抜けていくように減っていく。
「貴様らごときワシ一人で蹴散らせるわッ!」
八貫自ら剣を振い剣撃を受け止めようとした敵を忍者刀もろとも叩き切った。


だがそれまでだった。
忍者を切り裂くとその背後にいた別の忍者は一〇〇式機関短銃を構えていた。


「ラカンピーオーブイ・・・怪獣宝玉さえあれば・・・」


自己のミスを悔いるように呟く八貫を無慈悲な射撃が貫く。
九州北部を統べ、ゆくゆくは日本全土を統べようとした男のあっけない最期であった。


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