九州橋頭堡22

「朝日山会戦」

 末定軍の猛攻が続く中、スーパー・イラン帝国は猫舌派との決戦に向けて兵を動かしていた。
長崎の天草 八郎隊と佐世保のエッツィ隊を始めとする西側に展開していた支隊を主力に呼び戻し更に福岡県内の諸派も糾合して猫舌派を粉砕する算段である。
その威風堂々たる様は支持者には勝利を確信させ反逆者には恐怖を与え続けた。
だが未だに反逆を企てるものは多い。
「『秋月党』と名乗る猫舌の走狗が反逆してきました!」
「この期に及んでまだ楯突くとは……あとできつい仕置きが必要だな」
秋月へ兵を出そうとしていた頃、続報が届く。
「『豊津党』と名乗る猫舌の走狗が!」
「ええい、またか!まとめて叩き潰してやる」
鎮圧部隊の指揮官が腹を立てて席を蹴った。
主力を割けないけない以上、動かせるのは警備していた諸派の一部でそれを秋月方面へ宛てることにした。

 一方、小倉城跡地にある「幽霊館」こと米・外道川軍九州方面司令部に衝撃が奔った。
「大村基地が巨像に破壊されただと……」
長崎沖に現れた巨大鉄像に攻撃を受け壊滅、佐賀方面へ向かっていると言う連絡が入ったのだ。
「この前猫舌派の走狗共を敗走させたばかりだというのに」
筑後川沿いに進出した真・日本国軍に呼応して佐賀市内で武装蜂起した猫舌支持者を久留米方面へ退却させ一安心かと思ったが今度は民兵化した暴徒の集団が向かっている。
佐賀の司令部も出来るだけの対策はやっているがほぼ絶望的と言う回答だ。
 
 それ以上に真・日本国軍は上へ下への大騒ぎだった。
交戦中の末定軍は大損害を受けているはずなのに思った以上に粘っていて直協機隊が反復攻撃を仕掛けている。
佐賀にて武装蜂起した清鑑党と憂国党の連合は米・外道川軍の反撃を受けて久留米方面へ敗走し真・日本国軍に合流。
当初、二個大隊ぐらい集められると考えていたが実際には二個小隊しか集まらず簡単に撃退されてスーパー・イラン帝国諸派との戦闘の合間を縫ってなんとか落ち延びたのが実態だ。

彼らに装備を渡して再編を済ませたところで今度は秋月で武装蜂起が発生したと連絡が入る。
「……スーパー・イラン帝国諸派と交戦中、増援を求む」
現地の連絡員から要請が飛んできた。
「動かせる部隊は?」
「それなら……」
参謀達が状況を鑑みていた時に大村基地に巨像が現れて現地の米軍に大損害を与えながら北上していると伝令が血相を変えて言う。
「使える対策は?」
参謀長が尋ねた。
「武蔵による砲撃、輸送機による大型爆弾の投下、残りはなんらかの解決法を見つける……ぐらいですか」
参謀達が前もって考えておいた策を列挙する。

「航空機による観測が前提、投下できたところで命中まで何発必要か、その可能性に縋るのは最早末期だ」
それぞれの方策について問題点が指摘された。
一番実行しやすい艦砲射撃とて射程内に相手が来てくれるとは限らない。
会議が荒れるのも無理も無い、碌な対策が無い相手なのだ。
「……全部だ」
猫舌は短く答えそのまま続ける。
「使える手は全て投入しろ、でなければ外道川の喉に剣を突きつけられん」
他にやれる事が無い以上会議は終わり各自一斉に動き出した。


 佐賀

 外道川軍佐賀守備隊司令 埴針 遼は眉間に皺をよせ消耗品の残量を確認していた。
この地を守る米・外道川軍は九州西部各地から集まったスーパー・イラン帝国に屈せずに戦うことを決めた精鋭だ。
猫舌派の手先は容易に撃退できたが市内には不穏な空気が漂っている、既に巨大鉄像の噂が広まり市民は動揺していた。
「市長、我々と共に戦えるか?」
埴針は市長に問いかけ市長は黙考した、恐らくこの問いの意味を考えていたのだろう。
「市長、大変です!議員たちが勝手に臨時会を」
「なんだと?!」
ノックもせずに入ってくるような事態だ、ろくなものではないだろう。
 「…市長の問責決議を可決、次に…」
市長を無視して市議会では採決が次々に通っていく。
「馬鹿な!問責決議で可決されたところで法的効力は…」
確かに不信任ではないので法的効力は無い。
「…佐賀市一帯を無防備地区として宣言する事を可決しました」
「正気かッ!」
激怒する市長を他所に更に市長の不信任まで通ってしまった。
「蟻の一穴か…」
埴針も思わず呟いた、問責を可決させて日和見派を揺さぶり段々と内容をエスカレートさせる手だ。

 『外道川軍は出て行け』の大合唱の中、米・外道川軍は町を後にした。
「司令、自治体が勝手に出したものは国際法上効果が無いのでは?」
揺れるトラックの中で部下が尋ねた。
「そうだ、それどころか内乱罪の適用対象だ」
「それなら…」
「あの状況なら移動したほうが良いどちらにしろあのままなら治安もへったくれも無い。ところで市長達はどうした?」
「市長達なら追放された連中と自警団を連れて山に上って様子を見ると」
「懸命な判断だな」
 議会を制圧した多数派は市長派、自警団員、警察官やその家族まで片っ端から追放して行った。
彼の予想通り治安は悪化の一途をたどり巨大鉄像と天草 八郎隊が佐賀市に到着する頃には無秩序と化していた。

 新市長は天草隊に無防備地区である事を理由に入城を拒否したが、宣言はあくまでも地域の無条件降伏でしかないのに
中立宣言と履き違えていたのかハッタリなのかは不明だがあの天草 八郎相手に要求を突っぱねたのだ。
新市長はその場で石細工用の槌で頭を叩き割られあとは長崎市と同じく外道川派・猫舌派狩りが始まった。
佐賀市を蹂躙しつくした天草隊はエッツィ隊と合流、スーパーイラン帝国軍の集結予定地である朝日山へ向けて東進した。


 翌朝

 朝日山にはリンゴの絵を旗印にした集団が居た、それはスーパーイラン帝国軍主力で民兵ではあるが装備は米軍のものでその数三千。
人数こそ少ないが彼らには巨大鉄像と言う無敵の存在がある、それはまさしく彼らの士気のバックボーンだ。
「猫舌の手先が小郡の保安隊駐屯地を制圧、我が軍の補給を断つつもりです」
「来たか!今日こそ叩きのめしてくれる!」
伝令からの報告を受け、列将は吼えた。
地図の上に置かれた駒は朝日山を東から北へ片翼包囲しようとしている。
「末定軍は?」
「敵の爆撃が激しく一時後退中と…」
「彼奴らめ鉄路をうまく使う」
朝日山の陣地からは眼下を横切る鹿児島本線がよく見える、引っ切り無しに列車が通過していくのだ。
 「クソッ、危うく見つかるところだった」
頭上を飛び去る直協機を苦々しく睨み砲弾の移動を急ぐ。
朝日山城跡地の南側は土塁等の防御設備が残っていてそこにスーパー・イラン帝国軍は戦力を隠していた。
真・日本国軍は最前線まで列車を往復させ物資や戦力を集積している、鉄道運用人員を欠いたスーパー・イラン帝国軍ではこうも行かない。
特に一番近い肥前旭駅山の陣まで数キロの距離だ。
それこそ迫撃砲でも届く距離だが真・日本国側の航空隊が発射位置を特定次第爆撃できるように空中で待機している。
総兵力で勝る真・日本国側が使えるのはこれくらいの手でしかない。
それほどまでに巨大鉄像への対策は困難を極めていた。

 「司令、狂信者共は猫舌派に決戦を挑むようですよ」
小倉城跡地の九州軍総司令部との通信を試みていた米・外道川軍埴針兵団は増大する両者の通信を傍受した。
「…数は勝るが打つ手が無い猫舌派とあのデカ物以外ロクな戦力が無い狂信者共の戦いとは見物だな」
埴針は悪趣味な笑顔で両者が居るであろう朝日山の方角を眺めた。
「ずっと見物を?」
「まさか、決着が着く寸前に突っ込んで引っ掻き回してそのまま小倉に帰る」
列席者から笑い声があがる、将兵の士気は高い。

 「観測機隊、配置完了」
「有明海の艦隊も異常無し、攻撃命令を待つだけですな」
戦艦「武蔵」を旗艦とした真・日本国艦隊が今や遅しと待機していた。
「ですがこの距離では……」
山田 市乃(やまだ いちの)陸海軍兼帯中佐は躊躇う、彼我の距離が近過ぎるのだ。
僅かなズレで味方を誤って吹き飛ばしかねないぐらい近い。

最前線の司令部では各隊から準備完了の連絡が入る。
「その為に独立水上重砲隊を遡上させたのだろう?」
将官が尋ねる。
座礁前提で自走式の浮き砲台に筑後川を遡上させ限界まで目標に近づこうと言う手だ。
この浮き砲台は大きいものでは四十六糎単装砲を備えたものもある。
もっともその防御は砲撃時の衝撃に耐える為の最小限でしかないので反撃を受けたら一溜まりも無い。

そもそも有明海は遠浅な上に潮の干満差があるので油断していると「武蔵」などの吃水のある船だと座礁しかねない。
それに備えて曳船やら緊急時に取り付けるための浮きなど、更に動けない時に米軍の攻撃を受けるかもしれないので防空艦や直掩隊を手厚く配置してある。
「武蔵」などの火力投射担当よりその支援・護衛の為の部隊の方が兵員数では多い。
総司令官の言う「使える手を全て投入」を地で行く布陣だ。

飛行場では大重量爆弾を搭載した大型輸送機隊がいつでも発進できると報告があがる。


既に火縄は赤く灯り火蓋もすでに開いている、後は撃鉄を落とすだけだ。


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