九州橋頭堡18
「筑後川の戦い」

 猫舌の居る本営にも長崎陥落の情報が入った。
「スーパー・イラン帝国は思った以上に面倒な相手だったか」
会議室の空気は重い。
「まさか米艦隊がああも蹴散らされるとは…」
米艦隊壊滅の報は宣伝放送かと確認したが佐世保や長崎の諜報員の報告も
同じ事を告げており事実であったと言う現実を突きつけられた。

「舟艇機動で長崎入りは難しそうだな」
猫舌は島原から戻ってきた明石屋中将に尋ねた。
「……はい、西九州軍側に対抗策の探すように依頼はしましたが
それより先に鋼鉄像がこちらに仕掛けてきた場合の対策は未だに……」
水上部隊指揮官達の顔は険しい。
「救助した米艦隊の生き残りが言うには魚雷や爆雷でも打撃を受けなかったと」
天草灘を哨戒していた部隊が送った報告書を手に大黒が言う。

「大黒司令長官、『武蔵』の主砲でなんとかなりませんか?」
陸軍側の将官が尋ねた。
ちなみに指揮系統としては猫舌(総軍・総隊司令)-大黒 鐐次(連合艦隊司令長官)と同格の陸軍将官(司令官)である。
「米軍の現行魚雷の炸薬量は対潜用なら49kgか123kgだ。
それが作り出す水圧に耐えられる鉄塊を四十六糎砲弾の運動量で抜けるかもしれん。
だが出来なかった場合、今度はこちらが沈められる」
猫舌が即座に指摘した。
「時期尚早……ですか」
陸軍側は力なく答えた。
『武蔵』は切り札である、ここで損じれば二度と入手はできないのだ。
「かと言って和睦に持ち込めそうな相手ではありません。
水上部隊(こちら)でも何らかの方策は必要でしょう」
言っている大黒自身も頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

「次に北九州軍の配置ですが……」
陸軍側の説明が始まった。


筑紫郡大宰府町

村本軍並びに末定軍の拠点であるこの土地はかつて外交・防衛の要所とされていた。
特に「倭王 帥升」の後継勢力を自任する末定軍にとっては一帯は面土国と推定されているだけになんとしても押さえたい聖地である。

 「武家方(真・日本国軍)め、筑後川の北岸に陣取るとは小癪な……」
忍者のような服装の男は地図を睨み歯軋りした。
「富士川よ、そう急くな」
征討将軍 末定 恵三は部下の富士川 龍を窘めた。
富士川は旧南朝系の縁を持ち真・日本国を北朝だと断じ敵愾心を露にしていた。
「村本軍との約束の時が近い、陣を移るぞ」
「ハッ」
末定は出陣した、それに続き鋼鉄製の竹馬に乗った富士川が続く。


筑後川北岸

 真・日本国軍側は北九州軍を展開すべく橋頭堡の拡張を続けていた。
北九州軍は旧熊本主攻隊主力を元に再編成した物だ。
 「文乃、まだ気にしているの?」
山縣 朋子陸軍中佐は部下の乃木 文乃少佐を気にかけている。
熊本戦にて失態を犯した件で思い詰めているように彼女には見えた。
「いい?戦場で失ったものは戦場でしか取り返せないものよ。
今『責任』を取る事は簡単よ、でもそれは最優先すべき事?」
朋子は必死に文乃を説得する。
「猫舌大将が言うには『生きて勝つ事が先決だ』だったわね虎臣?」
「はい」
岩丘 虎臣海軍造兵中佐は答える。
朋子から文乃を押し留めるために猫舌(父者)に何か言うように言われたが
下手を打つと公私混同だと虎の尾を踏みかねなかったので苦労したがそれとなく伝える事はできた。

朋子の諜報力を甘く見すぎていたせいで、兵学校女学部時代に父者の事はばれていた。
当時は父者がここまで重責を担う立場になるとは誰も予想しきれなかった。
父者も先走って失敗したからと言ってにそう簡単に死なれても困るのでそろそろ布告は出すつもりだったようだが……。
他にも失態を犯して『責任』を取りたがる者が多かったので
『生きて勝つ事で責任を取れ(意訳)』と言う内容を全軍に布告した。

虎臣は沈黙を続ける文乃が心配ではあったが自分の部隊を放置する訳にも行かないので部隊に戻った。


 北岸橋頭堡は順調に拡張を続けている。
未だに水害の瓦礫が残っている為、それを除去しながらの作業ではあったが……。
虎臣の部隊は補充されたカヴェナンターを整備していた。
(気温が上がるのが先か小倉に着くのが先か……)
外側以外は殆ど総取替えしたカヴェナンターを見ていた。
一〇〇式統制空冷型発動機に操行装置もチヘ系列のものを流用、武装は一式四十七粍砲。
泥濘対策に取り付けた幅広履帯に盛り上がった機関室……もはや原型を留めていない。
オリジナルより速度は落ちたがオーバーヒートの心配は無い。
(バレンタインならもう少し安心できるんだけど……)
夕暮れの中、彼女は届かぬ新装備を待ち侘びていた。


 村本軍の移動は決して楽ではなかった。
移動中に真・日本国軍の軽観測機に発見され、直後に直協機の攻撃を受けた。
幸い装備や人員の被害は少なかったが忘れた頃に観測機が頭上を飛んだりして
昼間は満足に移動できず展開に時間が掛かってしまった。
現在、福岡県南部は真・日本国軍が制空権を確保している。
連絡機やら小型輸送機やら充実しているのはどうも本当らしい。

村本式火砲……村本自身が開発した火砲の総称だ。
友軍のものや米軍や真・日本国軍のそれを自分達の技術力で製造できるように改設計したものである。
大掛かりなものは無理だが軽榴弾砲や山砲レベルなら性能は悪くは無い。
ラインナップも多種多様でニーズに合った火砲を製作したが
如何せん設備が貧弱だったので手工業的な物ばかりだ。

「主将、放列(バッテリー)を並べました。いつでも行けます」
村本 元告は素振りをしながら報告を受ける。
「砲撃開始(プレイ)!連中に軟式球(榴弾)を叩き込めぃ」
ホームラン予告をするように真・日本国軍の北岸陣地を金属バットで指した。
夕焼けに照らされバットは光輝き勝利を約束しているようだ。
擬装された陣地に据え付けられた村本式山砲が砲撃を開始した。


一方北岸陣地の反応は落ち着いたものだった。
砲撃の密度が低いとかそういう理由ではない。
観測機等の偵察部隊から敵砲兵部隊が近付いている事は既に連絡を受けていた。
ある意味、予想通りだった。
砲撃の後にあるものといえば突撃だ。

……だが待てど待てど敵部隊は来ない。
砲撃が終わり夜になってしまった。
警戒態勢だった将兵達が弛み出し始めている。
緊張はあまり長続きしないもの、勝利の直後に兵は最も緩む。
長時間の緊張に耐えられる人間はそう多くない。
弛緩しきったところに襲撃を受けても困るので指揮官達もそろそろ通常の警戒に戻そうか考え出していた。


 鉄剣を背負った古墳時代さながらの服装の集団が待機していた。
彼らは三八式小銃を手に持ちし今や遅しと目を輝かせていた。
「まつろわぬ者どもに誅戟を食らわせてくれるわ!」
富士川はそう吐き捨て攻撃命令を下した。

末定軍がの先遣隊3個小隊の攻撃が開始された。


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