九州橋頭堡16

「劫火延焼」

 「地震か?」
明石屋海軍中将が西九州軍の指揮官達と会議を行っていた中、激しい揺れと地鳴りの様に響く重低音が襲った。
「閣下!」
諜報部員が会議室のドアを弾き飛ばすかのように入って来た。
「何があった?」
尋常じゃない様子を見て風呂戸中将はゆっくりと質問する。
「長崎の地底から……巨大な鋼鉄像が出現して米軍を攻撃していると」
「なんだと?!そんな非常識な事が……」
明石屋中将は事態を飲み込めなかった。
「そこまで非常識ではないと思うが」
西九州軍側の列席者が言う。
真・日本国には魔界出身者すら参加している事を考えれば確かにその通りだ。

「……とにかく情報の収集を」
「そうだな、鋼鉄像に関する情報が必要だな」
気まずさを感じ風呂戸中将はそれにて会議の終了を宣言した。


長崎市内

本土決戦において比較的被害の少なかったこの街は米側の重要拠点としていままで稼動している。
突然の地震に驚く米軍将兵、市民達も体験した事のない激しい揺れに動揺していた。

重厚な防寒服を来た男が逃げ惑う市民達の前に現れた。
頭巾型の防寒帽子の中に顔が薄っすらと見える。
巨大なハンマーを手に大衆相手に彼は演説をぶち上げ始めた。

 「我は『天草 八郎』、イラン帝国の重鎮である。
この地震は古代イランの巨大鋼鉄神像が起こしたものだ。
そして神像を動かしたのはスーパー・イラン帝国総裁である佐東プートン将軍である。
佐東プートン将軍こそ御使いであり、我々スーパー・イラン帝国国民こそが神に選ばれた国民だ!」

人々は彼を嘲笑した。
騒ぎを聞きつけて米兵が彼を取り押さえようと近付く。
だが再び激しい揺れが町を襲った。
巨大な鋼鉄像が水上から現れ街へ近づく。
米軍側は鋼鉄像に対して榴弾砲による砲撃を開始する。
彼らは警備部隊とは言え真・日本国軍の侵攻に備えてそれなりの装備は持っていた。
付近を航行していた米水上部隊もこれに加勢する。

だが、8インチ砲の砲撃をものともせずにこの巨大鋼鉄像は市街地へ向かう。
120kgに迫る203mmの徹甲弾が命中しているのに大した傷にはなっていなかった。
駆逐艦が魚雷を放ち鋼鉄像に水柱が上がる。
そこまでしてもやはり動き続ける鋼鉄像。
彼らは死に物狂いで戦い続けた。
奮戦し続けるも鋼鉄像の起こす波で転覆や座礁が続出した。


 米軍を蹴散らしていく様を見た人々はこの『神像』に何かを見出したのだろう。
混乱(真・日本国軍)と絶望(外道川政権)の中で人々は希望に縋る様に天草 八郎に集まっていった。

「米軍を持ってしても勝てなかったこの『神像』に誰が勝てるだろうか!」
八郎は檄を飛ばし続ける。
人々は熱病に浮かされるように彼の言葉を信じだした。

その動きはやがて巨大なうねりとなり巨大鋼鉄像の攻撃から生き残った米・外道川関係者を次々に殺害していく。
日頃から溜まっていた怨嗟・憎悪・憤怒……ありとあらゆるものが顔を出し
疑わしい者を片っ端から捕まえていく。
ある者は吊るされある者は断頭台の露になり市民は完全に暴徒と化していた。

巨大鋼鉄像が視界から消えてもその暴力は続いた。

 市内にラジオの臨時放送が流れる。
放送局を占拠したスーパー・イラン帝国支持者がアメリカの世界向けラジオを流した。
その内容は英語で長崎沖の米艦隊が謎の地震で壊滅した事を伝えるものだった。

「これこそ『御業』である!」
八郎の言葉に熱狂はさらに街を焼かんとするぐらいに広がった。


 冷凍人間エッツィ率いるスーパー・イラン帝国派は伊万里から佐世保を急襲した。
地震の最中、エッツィ隊は建物の倒壊を恐れず攻撃を実行。
お互いに足が覚束ない状況では米軍は火力を発揮できず白兵戦に持ち込まれてしまう。
それでも米兵達は奮戦し続けた。
だがそれも水上に現れた巨大鋼鉄像の前には無力であった。
 「良いか、設備は可能な限り破壊するな」
しわがれ声で骨と皮だけの人物が指示する。
眼孔にはあるべき物が無く単なる穴であり、その姿は瑞々しいミイラとでも言うべきものか。

施設を爆破しようとする米兵が氷柱に貫かれた。
エッツィは手から氷柱を手品のように出してはそれを投げつけた。
残りの米兵は作業を完遂しようとするが彼も氷柱に貫かれてしまった。

長崎勢と違って統制が取れているので極端な乱暴狼藉は無かったが米軍側の必至の抵抗で港内に居て無事だった輸送船団が韓国へ向けて出発する。

 「エッツィ様、追いますか?」
参謀らしき男が尋ねる。
「その必要は無い。佐東将軍からの指示は可能な限り施設を傷つけずに手に入れることだ。
日本勢力……なんだったか……」
「真・日本国です」
「そう、連中相手に備えなければならないのだろう?」
「はい、あと問題は大村の米軍航空隊ですが……」
「補給が無い以上いずれ枯れる。
心配する事はない、佐東将軍の術で蘇生したのだその恩義は返す」


 長崎市内は地獄より悲惨な状況と化していた。
天草 八郎は巨大なハンマーで一心に石を割っていた。
「やはりこの作業は落ち着く。祖先が古代イランで石工をしていたと言うのは嘘ではないようだ」
彼が落ち着いて石を割っている側では次々と逃げ遅れた関係者の処刑が行われていた。
大衆は狂乱の中で勝利を確信していた。


前へ  逆上陸HOME  次へ

inserted by FC2 system