九州橋頭堡14

「胡散臭い行商人」


 快進撃を続ける真・日本国軍にとってアキレス腱は多い。
その一つが外道川政権軍に対して徴兵人口の少なさと年齢層の高さだ。

真・日本国軍を支えるのは第二次大戦従軍者で一番若い世代でも20代後半だ。
しかも長びく戦争によって下士官と叩き上げ士官ばかりになっている。
真・日本国建国以降に軍に入ったの者も居るが明らかに前者の方が多い。

そんな真・日本国軍だが思わぬ事態に遭遇していた。

 支配地から徴兵を行ったのだが来たのは愚連隊崩れや徴兵年齢の下限にも達していない者ばかり。
何の事はない、どうなっても良い人間ばかり寄越したのだ。
終戦後の混乱で義務教育を受けれなかった者や従来の価値観の崩壊で行き先を見失った者。
皆それぞれ何かしら問題を抱えていた。

彼らをそのまま戦力に組み込めば確かに平均年齢は下がる。
だが同時に部隊全体の戦闘力まで下がる危険性は大きい。
そこでまず年少者には教育を受ける機会を与える事になった。
後に「猫舌学校」と俗称される部門がこれだ。

義務教育終了レベルが基本で本人の希望や能力に応じて上位に相当する機関へ移籍する事もできる。
何故そこまでするかと言うと読み書きが出来なければ効率的な戦力にならないと言う考えからである。

次に愚連隊崩れだ、年齢と度胸はあるが一人になると勢いが低下する傾向がある。
少人数にしてその驕りを各個撃破した。
中にはそれでも徒党を組む者も居たが彼ら以上の暴力の持ち主を宛てて無力さを思い知らせた。
そこまでしてようやく大人しくなった彼らにも教育を与えた。
「マットとジェフ」戦術で教育側には温厚な者を多めに配置した。

問題がまったく無いわけではないがこのシステムは何とか機能していた。
中には平山 行枝海軍予備少将のように徒党を一人で蹴散らして彼らから敬意を集めるトンデモ人材も居たが。


 そもそも猫舌がこう言った教育の権限を集められたのは真・日本国建国前の猫舌部隊があったからだ。
「初まり」「国名」「法規」「焼け跡」「壁書」と呼ばれている5冊の本に纏められたが後にモーセ五書から捩って「猫舌五書」と仇名される本に詳しく纏められていた。
順番に部隊創設から欧州から帰ってくるまで、それから真・日本国建国まで、真・日本国時代、逆上陸作戦から第一次猫舌内閣、第二次猫舌内閣から暗殺までだ。
もっとも書いたのは猫舌ではなく周囲の人物達だ。
猫舌は日記を書く習慣が無かった為、周囲の人物が自身の古い日記や記憶と格闘しながら編集したと言う。

その内の一冊『国名』……通称「出軟州記」の内容を要約するとこうだ。
欧州から内地に戻ってきた猫舌部隊は軟州国に移動し対ソ戦の準備を行っていた。
ところがドルゲ事件にて想定が根幹から覆り、関東軍側は軟州国防衛から遅滞戦闘を繰り返しソ連軍の侵攻を少しでも遅らせる事に計画が変わった。

猫舌部隊も参加するつもりだったが、指揮系統の違う海軍部隊が居る事に反対した関東軍側の意見を容れて避難民の護衛に徹することにした。
手持ちの重量級装甲車両を関東軍の旧式車両を交換した。
この時、猫舌部隊の活きの良い新兵と戦闘力の乏しい高齢徴兵者も交換した。

確かに30~40台の高齢徴兵者は戦闘能力には疑問符が付くがつい最近まで地方(民間)で働いていた者である。
それぞれ農業・工業・商業の従事者でありその道の経験では負けない者ばかりだ。
どちらにしろこのまま死ぬ事は解っていたので少しでも復興の芽を残すためにあえて行った。

 真・日本国建国時にこの高齢徴兵者達が主軸になって産業を育てた。
その結果、食料から兵器までの生産権限を猫舌が把握してしまった為『文句ばっかり言ってないでお前が責任持て』とばかりに真・日本国軍総軍司令に祭り上げられてしまったのだ。

この高齢兵(下士官を含む)の中には教員も当然ながら含まれており、終戦時の混乱が長引く内地より先に教育が復旧できたという経緯である。


 猫舌の本営にスーツ姿の男がやって来た。
「タレカ!」
スーツ姿の胡散臭い男が歩哨に呼び止められる。
「ワタクシこう言う者です」
彼は歩哨に名刺を渡す。
『軍備の隙間、お埋めします 非政府組織 境なき慈悲 貿黒 兵輪(むくろ ひょうわ)』
胡散臭い過ぎる名刺だった。
余りにも胡散臭すぎるので歩哨も当惑していた。

「黒衣(くろご)の兄さん来てたのか」
板橋が歩哨に止められた行商人に気付く。
「板橋さん、お久しぶりです。
猫舌大将はいらっしゃいますか?」
「大将なら奥だ。通して良いぞ」
怪訝な顔をして歩哨が警戒を解いた。

 「大将、黒衣の兄さんが来たぞ」
「もう来たのか流石早いな」
板橋に呼び出されて猫舌が部屋から出てくる。
「外で良いか?」
猫舌はそう言って建物の外へ出た。

「ナメクジ難民の皆様はお元気ですか?」
「ああ生活は上手くいっているようだ、彼らのお陰で我が軍も大分助かっている」
真・日本国において旧ナメクジ帝国民の存在は重要だ。
兵員の頭数合わせどころか技量と経験も確かな者が多く、軍事面以外でも貢献が大きい。
ユーゴ入りした難民の内、適応できなかった集団を真・日本国へ送ったのは彼である。

 この人物はよく「黒衣の交渉人」と呼ばれている。
ある時は和平の裏にある時は戦争の裏に彼が存在していた。
依頼人の乱暴な要求をありとあらゆる手段で達成しその辣腕は諸国の諜報機関からも恐れられている。
もっとも契約を違えると漏れなく「ズドーン!」との大声と共に悲惨な事態に陥る事でも恐れられていたが……。
彼は真・日本国に色々と仕事を持って来てくれる……「戦争仲買人」と言った方が近い。


 彼の存在を危惧する新参者に対して建国当初から居る古参はこう答えたと言う。
「彼の信用性はこちらが契約を破らない限りは問題ない。『褌(ふんどし)』作戦で証明済みだ」
「『渾(こん)』作戦では……?」
恐る恐る新参者の一人が尋ねる。
「いや『褌』であっている。正式名は『人の褌で相撲を取る』作戦だからな」

真・日本国が運営が安定してきた頃、一時的な臨時収入(山下財宝)頼りでは長持ちしないので
複数の業務を行うことになったのだがその一つが「褌」作戦である。
これは整備士が足りない小勢力や基礎工業力が低すぎて小火器の部品交換すら苦渋するような国家に
修理・改造を専門とする技術者団を派遣すると言うものだ。
中国大陸縦断時や真・日本国建国初期の物不足時代に共食い整備やら
パッチワークじみた悪魔合体兵器やらで糊口を凌いだ経験を元にそれを業務化した。
即ち「人の褌(他国製兵器)」で「相撲(整備)」をする事によって利益を出したのだ。

新しい組み合わせや予想外の使い方などこの手の小勢力の工夫は目を見張る物もある。
技量維持や見聞を広めるのにも役立った。

他にも真・日本国の業務は軍事顧問団やら多国間における物資の輸送など多岐にわたる。
特に海上輸送に関しては艦艇乗組員の技量維持の観点から推奨されている。
業務の依頼が来るのは東西両サイドに頼れない勢力が多いが
秘密工作の一環として自勢力ではない真・日本国にやらせる事によって失敗時のリスクを避けるという使われ方もある。


 「あの案件は上手くいったのか?」
猫舌は話しながら彼に尋ねた。
「はい、今回の衝突に関してはお互いの不作為でなった事とあちら側も理解してくれたようです」
貿黒は胡散臭い口調で答える。
「ふむ、それは良かった」
猫舌はどこか人心地ついたような態度をした。

沖縄の「偽戦争」……九州では激しく戦火が広がる中、沖縄付近では正規軍同士の交戦はなかった。
全島が要塞化されているような状況で「極東の要石」を取りに行くのは完全に自殺行為である。
名目上、外道川政権に主権はあるが実質的には米国の統治下にある。
ここに攻め込む事は米国に総力戦を挑む事を意味する。

それを避けたい真・日本国側は迂回して九州へ上陸した。
真・日本国軍側はあくまでも「限定戦争」に留めたい。
在沖縄米軍側は復帰運動が激化すれば基地機能の低下、ひいては在韓米軍にまで影響がでるので押し留めたい。
最悪でも外道川を切れば妥協に持ち込める真・日本国より未だに激しい攻撃を繰り返す北朝鮮軍……とその背後にいる東側の方を優先的に叩くべきだとこの司令官は考えていたのだろう。

この両者の思惑が噛み合い両軍共に睨みあいで止まっていた。
その為、両者は通商破壊戦すら行わず監視に徹していた。
明文化されていない紳士協定が機能していた。

それが数日前に偶発的な戦闘が発生し、両軍に緊張が走ったのだがなんとかこの胡散臭い人物(貿黒)は丸く治めてくれたらしい。

「お願いがあるのですが良いでしょうか?」
恭しく貿黒が尋ねた。
「話は聞くが満足いく回答は出来ないぞ」
猫舌が普段の顔つきに戻り答える。

 「亡命勢力を一つ受け入れて欲しいのですが」
「今度はどこの連中だ?」
貿黒の言葉に猫舌は慣れたと言わんがばかりの反応を返す。
「ベトナムの勤王派です」
「押し切られたか……わかった、受け入れの準備をさせよう」
猫舌には心当たりがあった。
真・日本国はベトナムの独立派の勤王系勢力に支援を行っていた。
フランスとある程度の貿易を持ちつつ漸進的な独立を目論んでいたのだが
45年の飢饉以来、状況は悪化の一途を辿り独立派の中でも力を失いつつあった。

さらに最近は「地底勢力」の台頭により末期状態であると言う報告も猫舌に届いていた。
この「地底勢力」は旧日本軍やナメクジ・ドイツ軍に類似した服装だと言うが
真・日本国にはベトナムへ兵を派遣する余力は無く真・日本国の影響下にない旧軍人だと猫舌は考えている。
まず誤解を解くために元フランス軍人達を特使として帰国させて交渉に持ち込むつもりだったが逮捕されたと報告も受けて特使達の無事を祈りたくもなった事もあった。

 九州に上陸する前にディエンビエンフーへの攻撃が激しくなったと密偵から情報を受け取り猫舌は頭を抱えた。
フランス側は明らかに劣勢で、ラ王スから義勇兵を出す案も出たが誤射されるし余力が無いとして却下せざる負えなかった。
そして今回の一件、東側と地底勢力の支援を受けた急進派が勝利すれば皇帝にも危害が及ぶ事を勤王派は恐れているのだ。


 一方、明石屋海軍中将は島原支隊の指揮官達との会議に臨んでいた。
彼らを率いるのは風呂戸中将だ。
真・日本国軍傘下の亡命勢力の中でも特に濃い集団を纏め上げる事ができるは風呂戸中将くらいだ。
熊本戦終了後、彼は島原支隊改め西九州軍の指揮官となり長崎方向から反撃してくる米・外道川軍の攻勢を押しとどめていた。

現在、西九州軍は以下の勢力が存在する。
長崎進攻兵団(旧島原支隊) 旧洋食軍団・旧死神軍
旧熊本併進支隊 旧機械化軍・旧パイル軍・旧ボルマン軍
旧熊本主攻軍の一部 真・日本国軍・旧ナメクジ軍
この内熊本側に居た二つの旧熊本隊は休養と補給を終えて島原へ移動中だ。

無論、上記の部隊は各亡命勢力の一部であり他の戦線にも上記の各亡命勢力の部隊が展開している。

大村の航空隊の存在は実に頭が痛い問題だ。
陸路で進軍していた西九州軍に激しい航空攻撃を仕掛けて
佐賀方面から移動している増援が到着する時を稼ぐ腹積もりだろう。
長崎市内の米軍は戦力は決して多いとは言えない。
市内に入れば勝機もあるが現状だと移動中に航空攻撃で戦力が大損害を受けるのは必至だ。
有明海側から航空隊による攻撃で削ぐ作戦もあるが低空なら対空砲火、射程外を飛べば電探に引っかかり迎撃されるのも必至。
橘湾から艦載機部隊による攻撃でも多少マシになるだけでやはり大損害が出る。
大村湾はまず入れない。

「何か良い方法は無いか……」
手詰まりに悩む明石屋中将は各将達に妙案は無いかたずねた。



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