九州橋頭堡10



「旗幟反転」


 戦線の整理と損耗した部隊の配置転換を終えて熊本県南関町に司令部を構える真・日本国軍。
スーパー・イラン帝国に対して真・日本国側も態度を決めかねていた。
猫舌の方針が来る者拒まずなうえに得になる妥協なら構わないと言う考えだったからだ。
そして敵か味方か決める上でも情報が少なすぎると言う点も猫舌が決断を先延ばしにして来た理由だ。
 そんな中、外道川軍らしき部隊が南下している。
米軍が佐賀方面へ向けて退却中と言う事を考えると時間稼ぎの為に進出してきたのだろうか。
少なくとも柳川市内に入られるととても面倒な事になるのでどちらにしろ迎撃しなければいけない。

 真・日本国側の作戦は鹿児島本線の船小屋駅と瀬高町駅間の矢部川南岸手前まで進出し
渡河準備を行い南岸に敵を誘導して市内に入る数を少しでも減らすのだ。
柳川市を片翼包囲するには速度も兵力も足りないので出た苦肉の策である。
瀬高町駅まではこれまでの戦闘で確保済みだ。
この駅から出ている佐賀線が出ているこの路線は重要だ。
単線とは言え佐賀へ真っ直ぐ行ける路線はこれしかなく、他の路線は更に北上しなければならない。
真・日本国軍が柳川に拘っている理由である。

 用水路が多く陸上部隊の機動には不向きな大牟田で追撃に手間取った事を考えると
当然ながら掘割の多い柳川は悪夢のような地形だ。
装甲艇や武装大発・小発を大量に用意したが力攻はやはり避けたい。
大型機の数が致命的な程少ないので都市を耕すわけにもいかず、どの進攻計画も決め手に欠いていた。
 

 「外道川軍が矢部川を渡河しません!」
血相を変えて伝令が指揮所に入る。
彼らは矢部川に沿って北岸を南西方向へ向かっていた。
その先にあるのは柳川市だ、戦力の殆どを市内に入れるつもりだ。
現地の部隊が交戦を開始したのか通信機越しに銃声が聞こえ出す。
「やはり露骨だったか……まあいい、そのまま対岸へ渡河を実行しろ」
猫舌は作戦図を見つめて呟く。
計画としては敵が南岸に上陸しなかった場合、そのまま渡河を実行して敵の腹を突くと言うものだ。
簡単なもので敵は想定済みだろう。
最悪の場合、支配地域から部隊を編成して長期包囲も考えなければならない。

 「外道川軍が……」
「今度はなんだ、渡河でもして来たのか?」
参謀の一人が半ば八つ当たり気味に言う。
「柳川の自警団と交戦しています」
「な……」
指揮所にいた人々の動きが止まった。
あまりにも予想外すぎるのだ。
「どう言う事だ!自警団は外道川政権よりじゃなかったのか」
実際に真・日本国軍は撃退されている。
「造兵大将、大石陸軍少将から電話が」
通信員が猫舌に電話口に立つように言う。

 「儂だ、いったい何が起きている?」
猫舌は大石少将に尋ねた。
大石少将は現在、矢部川南岸で渡河準備中の部隊を指揮している。
「実は……」


 佐賀線・矢部川橋梁を白旗を持った人物が渡っている。
柳川の自警団員だ。
周囲から銃声が聞こえる中、特使はやってきた。
無論、橋梁沿いの両軍のものでは無い。
「いったい何の用件だ?」
大石少将自ら特使を出迎えた。
それぐらいしないとこの混沌とした現状が把握できない。
「真・日本国側と和議をしたく……」
現状を鑑みれば確かにそれぐらいしか用件は無いだろうが少将は今更なぜと言う顔をした。
「なぜ、自警団が外道川軍と交戦しているんだ?」
「あれは外道川軍ではありません。『八幡軍』と言うスーパー・イラン帝国の指揮下の武装勢力です」
真・日本国側の現地幕僚は納得した顔をした。
 今まで一線級米式装備の日本人部隊なんて外道川軍ぐらいしか居なかった
(保安隊は二線級米式装備)ので勘違いしていたが
八幡軍が米軍施設から奪った装備で武装しているなら合点がいくのだ。


 「で、交渉の全権が欲しいと?」
「はい、造兵大将が到着するまで待っていると市民感情に悪影響が予測されますので」
確かに大石少将が言うように南関町から矢部川橋梁まで移動に時間がかかる。
殺到する八幡軍相手に自警団は粘っているがそれもあまり持ちそうに無いと畳み掛ける。
「……わかった、原則は今までと同じだ」
猫舌はそう言って大石少将に委任した。

 猫舌が言った「原則」とは
今後、真・日本国側に入る事。
外道川時代の統治機構は腐敗していない限り、真・日本国は手を出さない。
将兵・物資・生産力などを真・日本国へ提供する。
真・日本国は離反しない限り地域の権限を安堵する。
外道川時代に真・日本国側を攻撃した事などを不問とする
などだ。
今まで支配下に置いた各地域にも同種のものを要求した。

 数分もしないうちに受諾したと連絡が入る。
あまりにも早すぎるので嵌められているのではないかと心配するが
他に方策もなく保険の為、増援を送る事にした。


 「我が故郷ながら上海戦を思い出す」
大石陸軍少将は車内で思わずぼやいた。
クリークの多い上海と掘割の多い柳川市付近一帯、川幅が違うもののやはり過去を思い出すものである。
海軍陸戦隊に所属していた往時をふと思い浮かべる。
 佐賀線を利用し市内に入城する真・日本国軍。
さらに矢部川を遡上して市内に入る舟艇部隊。
市内は至るところで人々は疲弊しているように見える。

 市内を機動した真・日本国軍は八幡軍正面に出た。
相手は装備こそ優秀だが利を生かしきれず、無闇に掘割を越えようとして撃破されている。
指揮官は兎も角、兵の動きが一部を除いて緩慢と言うより無駄な動きが多い。
「動きの良い兵は政権から離反した部隊では?」
「同じ事を考えていた」
大石少将は部下の意見に同意する。
泥棒田 コウモリマン暗殺後、九州各地の保安隊や外道川兵の脱走が頻発している。
スーパー・イラン帝国側に着いたと考えるのが順当だ。
「連中を砲撃して動きを探って見ますか?」
「そうしてくれ」

 兵の動きが良い場所に対して真・日本国軍は砲撃を開始した。
改三八式十五糎榴弾砲は分解式狭軌十五糎榴弾砲の発展型で米式の155mmに合わせてある。
重量級の155mm弾が敵兵を薙ぎ払う。
司令部のありそうな頑丈なビルを片っ端から砲撃していく。
急激に八幡軍側の動きが鈍くなった。
「司令部に当たったか砲撃で動揺しているのか」
明らかに攻撃速度が鈍くなっている。
 造兵大将が送って来た増援部隊が渡河に成功したと言う連絡が入った。
「一気に追い落とすぞ!舟艇隊動け」
市内の掘割に待機している装甲艇・小発・武装大発部隊が一斉に動き出す。
陸上部隊も橋を渡しながら制圧を開始した。
完全に場をひっくり返した真・日本国軍の猛追によりその日のうちに八幡軍は久留米方向へ壊走した。


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