九州橋頭堡41
「偽装」

 真・日本国軍は関門トンネルの入り口である小森江一帯を制圧したがまだ九州には
米・外道川軍の拠点が残っており田ノ浦や門司港駅周辺と言った地域は未だに彼らの手中だ。
彦島の米重砲隊も目標を達成したせいか門司駅(大里)方面への猛射が減りつつある。

中津口軍が蛻の殻となった朽網防衛線を越え下曽根に達して漸く他の部隊と連絡した。
これ以降、中津口軍は北九州軍の指揮下に入り企救(きく)半島攻略へ進む。
企救半島の殆どは門司市であり西の関門海峡と東の周防灘に挟まれた地域だ。

米・外道川軍は九州からの全軍撤退という指示が出ている以上、増援は望めない。
門司市に殿として残ったのは損害の少ない部隊ばかり、兵力の密度は高く武器弾薬も味方が残置していったものを使っている。

重砲を用いれば企救半島の東側ですら山口県側から砲撃支援が望めるので無理攻めをすれば損害ばかりが増える。
だがいつまでも門司攻めに大兵力を展開させ続けている訳にもいかない真・日本国軍は奇策を用いる事にした。
そこで捻りだされたのが米軍に擬装した部隊を突入させ内側から破壊する手段だ、珍しい方法でもないが投入されるのは将兵は本物の英語圏出身者ばかりである。
その中でも大規模だったのは洋食軍団・バーガー隊だ。
指揮官であるバーガー屋のケンジを始め本物の米国人・長期滞在者でありスラングですら完璧である。
加えて偽情報を握らせた米軍捕虜を監視の不作為で逃げられたと見せかけて逃亡させて混乱させる二段構えだ。


 真・日本国軍の対砲兵戦が始まる。
特に企救半島東側の部隊は長射程砲を揃え対岸である小野田方面の敵重砲兵を拘束した。
西側である門司駅(大里)方面の部隊は持ち込める火砲は迫撃砲までも投入し下関の敵を拘束する。
歩兵部隊は支援砲撃の中、山々を駆け上がり戦線を押し上げていく。
両軍とも最前線の反射面陣地どうしの砲撃では損害が積み上げてしまう。
激戦の中、ゲリラ的に放たれた大直径の重噴進弾が敵防御線を破りそこへ各隊がなだれ込み抉じ開けた穴を広げていく。
前線は混乱気味だが米・外道川軍はいまだに統制はとれている。

「急げ!連中から距離をとれ」
ケンジ指揮下のバーガー隊は鹵獲品のチャーフィーやパーシングを中心に敵に背を向けながら突進した。
後退する友軍に見せかけて中へ入るのだ。
追撃している地元ゲリラはそれが味方である事を知らないので攻撃は当然ながら演技ではない。
「こちら……援護する」
陣地の米兵はバーガー隊を友軍だと誤認して追撃して来た地元ゲリラを撃退した。
「……了解、援護に感謝する」
バーガー隊は敵陣地後方へ後退しながら侵入に成功。
ケンジがパーシングから身を乗り出すと米歩兵が話しかけてきた。
「随分と追い回されたようだな」
「ああ、ほんとうに面倒だ」
歩兵部隊指揮官と何気ない会話を続ける。
「ところで保安隊と外道川軍を先に後送するそうだ」
「彼らは結構頼もしいのだがな」
米指揮官の言葉にケンジは答える。
「なんでもネコジタ派が保安隊や外道川兵に偽装した兵士を送り込む作戦を計画しているらしい」
「そうか、確かに見分けるのは至難だからな」
米指揮官の言って居る事はわざと逃亡させた捕虜に掴ませた偽情報である。
「とりあえずもう少し下がって整備するか」
「おお、引き留めて悪かったな」
米指揮官はそう言って戦車から離れた。

高地には塹壕が入り組み市街地の至る所に防衛線や火点が張り巡らされている。
バーガー隊は真・日本国軍の砲撃が届きづらい山影で戦車を整備した。
山へ登れば西にある門司港駅もよく見えるだろう、もっとも当然ながら米軍が警戒しているが。
流石に足元で整備しているのが真・日本国軍だとは気づくまい。


 日が落ち至る所から照明弾が打ち上げられる。
「……そろそろか」
ケンジは時計を見て周囲を確認する。
浸透に成功した独立噴進砲中隊の砲撃が始まった。
「制服を脱げ、襲撃を仕掛けるぞ」
米軍の制服を脱ぎ真・日本国軍の制服を着る。
擬装で隠していた車両の国籍マークを露出させた。

「現在地はここだ……」
地図で現在地を指さしなぞる様に目標までの進路を指示する。
ここから企救半島の北岸である大久保へ向かいそこから西へ進み門司城跡地の敵砲台を蹂躙する計画だ。
戦車の一部は弾薬を下し兵員輸送車代わりに歩兵を押し込んでここまで来たのだ。
何度か休憩の度に車外に出して少しでも負担を減らしたが体調が戦闘に耐えられるうちに目標へ突っ込まなければいけない。

一方前線では地元ゲリラを主力とした挺身部隊が防衛線の破れを突いて浸透を仕掛ける。
土地勘のある地元兵は奥へ奥へと進み迂回できない目標に遭遇すると信号弾を打ち上げそこへ目掛け火力支援が浴びせられる。
何も砲台まで進まなくても良い前線を引っ掻き回せればそれで足りる。

「どこの隊だ?前線は反対側だぞ」
バーガー隊は道中で米兵に呼び止められた。
「司令部から下がって奇襲に備えろって言われたんだが」
灯火管制下で無線が飛び交い情報は錯綜する。
(国籍マークが見えてないのか?それともわざと引き込むつもりか?)
深く問い詰めない相手に疑心暗鬼になりかけながらもバーガー隊は進んだ。
頭上では両軍の夜間機が照明弾に下から照らされながら空戦を行っている。
「クソッ!敵の戦車が門司港駅にまで」
「門司港駅を放棄して筆立山まで下がれ、これから砲撃支援を行う」
入ってくる通信は英語ばかりだ、外道川兵や保安隊を本当に撤退させたのか。

大久保を通過し海岸沿いを駆け砲台へ向かう。
(まったく怪しまれていない、罠なのか?)
更に疑心暗鬼を強めつつ砲台へ向かう。
もう既に砲台の警戒線に入っているのだが恐ろしい程の無警戒ぶりだ、友軍だと思っているように見える。


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