ナメクジ戦争支援ホームページF型

ナメクジ戦争とは、戦車研究室のお絵かき掲示板から発生したリレー小説で、各自オリジナルキャラや史実の装備やオリジナル装備を持ち寄り創って行く架空戦記です。

第二次大戦へ
 ナメクジ・ドイツによるポーランド侵攻が始まり、ソ連によるフィンランド侵攻など戦火は世界へと再び広がりつつあった。
フランスの戦い・英国の戦いなどで連合国を圧倒したナメクジ・ドイツであったが航空兵力だけで相手を圧することはできず地中海・ロシアへと戦線を拡大していった。
「利根川下れ」
 極東では対米関係の極度の悪化、石油禁輸措置などにより日本は対米戦を決意した。
連合軍側に参戦した義勇兵部隊によりナメクジ・ドイツとイカ王国との三国同盟は不発に終わったが、改善しない対米関係に業を煮やし遂に真珠湾攻撃部隊を出発させた。
 だが、攻撃隊発進直前にビンラディソによる米国テロが発生。
真珠湾攻撃部隊は警戒態勢の強化が予測されたので慌てて引き返す事になる。
その直後に宇宙人によるロサンゼルスの戦いが発生し米国は戦時体制へとシフトしていく。
軍事同盟
 宇宙人軍隊相手に苦戦を続ける米国に対してイラクとアフガニスタンが対米宣戦布告。
日本帝国政府は両者と同盟を組む。
宇宙人軍隊を撃破した米軍は体勢を整えてアフガニスタンへの空襲を開始、更に空挺部隊の投入、地上軍の展開と矢継ぎ早に戦いを進めた。
一方、日本側は中国大陸における沿岸作戦を実施、戦いを優位に進める。
クウェート侵攻
 イラク軍がクウェートに侵攻しこれを占領。
一方、アフガニスタンは数ヶ月の内に戦力と国土を半減させてしまう。
苦境を見かねたイラク軍はダッチハーバーの米艦隊を潜水艦で奇襲。
それでも劣勢は覆せずアフガニスタンは首都陥落・軍瓦解そして連合軍による臨時政権の樹立と言う事態を迎えた。
洋食軍団と同盟したイラク軍は連合軍を迎撃が開始された。
ピラミッドの戦い・南米大戦
 アラスカの地にてギョーザック軍の後継者であるダン・ボルマン子爵がアラスカ国を建国。
ダン・ボルマン軍は秘宝を求めてエジプトへ向う。
軟体軍によってエジプト内に押し込まれた連合軍であったが米軍上陸など確実に戦力を回復しつつあった。
ここにダン・ボルマン軍、連合軍(日本人義勇兵部隊含む)、軟体軍、米軍の四つ巴の戦いが発生。
この戦いはダン・ボルマン子爵の戦死によりダン・ボルマン軍の壊滅によって終了。
 この直後に日本壊滅を目論むパイルドライバー軍挙兵の報を受けて地中海に展開していた日本人義勇兵部隊の一部が南米入りし現地勢力と協力しこれを壊滅させる。
だが、パイルドライバー軍の背後に米国の関与が明らかになり義勇兵達は対米戦不回避を覚悟する。
対米宣戦布告
 パイルドライバー軍の一件により国内の対米戦反対派が沈黙し、遂に対米英宣戦布告が為された。
先月にはゲッソリーニが失脚し連合軍のクウェート進攻も時間の問題だった。
その最中に南方作戦を開始、香港、マレー、比島と快進撃を続けるがイラク軍が壊滅し米英艦隊主力は太平洋へ向った。
太平洋反攻開始
 蘭印・ビルマまで進出に成功するがガダルカナルを早期に抑える日本の作戦が失敗し陰りが見え始めていた。
欧州ではオーバーロード作戦が開始されているにも拘らず並行してラバウル沖海戦が発生。
4日間に及ぶ激戦の末、日本軍敗北。
 パリ解放、更にブリュッセルも続き軟体軍も押されていた。
制海権を失った日本はラバウルを失陥。
ミッドウェーで反撃に出ると見せかけてキスカ等の撤収に成功する。
ビルマにて小規模攻勢に出るも失敗、支配域は確実に減っていった。
国防圏の崩壊
 バルジの戦いによりナメクジ軍の退却、ワルシャワはソ連の手に落ち本国へ追い詰められるナメクジ・ドイツ軍。
サイパンの戦いが発生、マリアナ沖海戦、グアムに米軍上陸と太平洋でも連合軍の手は止まらず、洋食軍団の本拠地であるマダガスカル島にまで連合軍は攻撃を開始。
 ゲッソリーニは絞殺されナメクジ総統は自殺、ナメリンは陥落し軟体軍そのものの終焉だった。
ペリリュー島の戦いで洋食軍団は滅亡した頃、ドイツにおいて分割統治が始まるも残存するナメクジ軍が欧州各地で蜂起、ソ連は対日戦の準備が遅れ始める。
対ソ戦備え
 硫黄島の戦いが8月に始り、ソ連のスパイであるドルゲから対日戦計画を入手した日本側は対ソ警戒計画を開始した。
更に米国は比島へ同時攻撃を敢行しレイテ沖海戦が発生した。
この戦いで日本側は致命的な大損害を受けるも戦争の降り時を失い前線は沖縄へ向う。
9月に始まった沖縄戦は防備の間に合わなかった事もあり優勢が確定するのに一月も掛からなかった。
欧州各地のナメクジ国残党ゲリラが壊滅しいよいよ滅亡の針は本州へ迫る。
消えた新型爆弾
 米国が切り札として用意した新型爆弾は輸送中に米艦インディアナポリスと共に沈み決め手に欠く中、ソ連軍が極東へ移動を開始し、翌10月には沖縄戦が終結。
連合軍が上陸作戦を進める中、ソ連が軟州国へ侵攻。
軟州国軍と関東軍の抵抗が始まる。
時間を稼いでいる間に軍関係者や民間人の撤収が始まる。
圧倒的優位に立っていたと思われたソ連軍であったが北方領土では守備隊相手に苦戦。
さらに軟州でも日本側の遊撃戦で補給不足が露呈し進行速度が鈍くなる。
「滅亡」
 ソ連軍の予想外の苦戦に米軍も重い腰をあげダウンフォール作戦を実行した。
コロネット作戦とオリンピック作戦の二正面作戦を敢行、日本側も必死の反撃に出るも残存艦船は尽く破壊され東京は一帯が瓦礫の山と化し甚大な被害に無条件降伏の協議が始まる。
東京が陥落し軟州国軍も壊滅、ソ連軍が朝鮮半島へ侵攻。
遂に降伏を決断、徹底抗戦派のクーデターは不発になりポツダム宣言受諾の放送が行われ終戦を迎える。
抗戦派は夜間に航空機などで逃亡、中国大陸の日本軍に合流した。
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